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玄海樓店主のきまぐれなひとこと
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ちゃんとした話をしようと思います。


まず最初に、私がとにかく拘(こだわ)る「古筆」の話にします。


古筆とはいわゆる古人の筆跡であり、およそ室町期までのものを指します。



最近は江戸時代(寛永頃)のものまで含むこともあります。

いずれにしても素晴らしいものに違いありません。

「かな」は平安期、「経類」は奈良・天平期のものを最上とします。


では、何故初期のものが最上なのでしょうか?


文明や科学、技術といったものは時代と共に進化しています。

ならば技術が進歩して過去のものが分析され、それを超越できれば
より良いものが生み出されていい筈です。


こんな言葉を耳にしたことがあります。

「古ければ古いほど良い、という古代崇拝主義からくる偏見である」と。


勿論、現代においても芸術として立派なものは作られ、かつ存在しています。

近代でも巨匠と呼ばれるような芸術家達は古の芸術を愛し、また研究し、それらを
超越せんと努力し、悩み、葛藤し、製作し続けてきました。


しかしながら、殊に王朝美術に限っていえば時代が下るほど、超えることはできないのです。



観光地として名高い京都。年間7000万人を超える人々がこの地にやって来ます。

そして7000億円近くが観光消費として使われます。

その内およそ3分の2にあたる4800万人が京都市へ来ている訳です。


皆京都が好きなんですね。

理由の一つかと思いますが、都(みやこ)の雅といいましょうか、景色や歴史、文化、そういったものに
憧れ、好奇心をそそられるのでしょう。


ここで言いたいのは藤原王朝の時代より、下々(表現が的確でなければお許し下さい)に至るまで、

「王朝への憧れは現代にまで亘っている」ということです。


勅命により発生した「かな」が限られた人間にしか書けなかった時より、(この話はまたの機会に)
公卿が書くようになり、鎌倉時代で武家も書き、江戸時代になる頃には町人までもが
書を書けるようになりました。

その間、近衛家煕らによるルネサンスが興ったり、俳諧や狂歌、近代では川柳まで生まれ、
あらゆる書流、書かれる内容まで発生したのです。

ただ常に変わらないのは、「王朝への憧れ」なのです。

何とかそれに近づかんと、雰囲気を味わわんと皆躍起になったのです。


時代と共にスポットは民間にまで当たるようになった訳です。


(to be continued)


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