昨日が花まつり、 今日が大仏の日、 ということで 宗教のお話し。 個人的に あまり政治の話や宗教の話は 何かと難しいこともあるので 公に言いたくはないのですが、 とかく日本は 宗教の坩堝といって過言ではないでしょう。 生まれてから神社でお参り、 七五三も宮参り、 受験でも神社などに神頼み、 12月にはクリスマス。 明けて元旦は初詣。 結婚式はそれぞれでしょうが、 最近はキリスト系の教会で挙げられる方も多いです。 亡くなった時は仏教系の お寺もしくは式場で読経してもらう。 法事等も然り。 なんとまあ いろんな宗教が 日本にはあり、それぞれを あまりとやかく言う方は少ないようです。 勿論、日本には 「信教の自由」が 認められている訳ですから、 何にも問題ありません。 日本に仏教が伝わったのは 諸説ありますが、一般に6世紀頃(西暦538年等) といわれています。 いわずと知れたインドが発祥で 徐々に東へ広まったとされます。 一方、神道は 古く神話の事を考えますと 気が遠くなるほど昔になります。 日本の太古より信仰された 固有の文化から発祥したとされますが、 最近では日本神話と他国の神話との 類似性が指摘され、共通点もあるといわれています。 それでも日本には 認められているだけで 85,000もの神社が あるそうです。 「八百万神」という言葉があります。 自然等あらゆる森羅万象に神が宿っている、 という事でしょうか。 この思想は 私にとって実に解り易く、 いい考えだと思っています。 世界四大宗教と呼ばれる キリスト・イスラム・ヒンドゥ・仏教。 中でもキリスト教やイスラム教には 絶対神と呼ばれるものが存在し、 ヤハウェ・アラーがそれにあたります。 ユダヤ教もヤハウェです。 問題は その絶対神と呼ばれるものが 人格的な実在する神の如くに 崇められていることにあります。 私はそれらの絶対神が 本来、同じ概念であり、 また同じ神だといってよいと思います。 言い換えれば 宇宙観とでもいいましょうか、 本来、神と言われるものは 実在するものではなく、 ある意味この三次元とされる 世の中に 抽象的な概念として存在する訳です。 ですから この神のみ崇めればよい、 などとおかしな事を言わずに済む訳です。 自然の中に存在する 動物、植物に限らず、 太陽や水、果ては空気に至るまで 我々人類にとって不可欠な物は 無数にあります。 それらが存在する事によって 我々は生かされ、恩恵を被っています。 それらに感謝し、 またそれらを理解してゆく事こそ、 本来の宗教のあり方なのでは ないでしょうか。 太古より人々が 朝起きると「おてんとう様」を仰ぎ、 生活の中で様々なものに対して、 食事の時は自然の恵みや 食出来るに至った経緯を考え、 寝る折には今日も一日有難うと、 そして生きる喜び、ご先祖様に、 それが全てではないでしょうか。 人間、誰しも完璧ではありません。 また、悩み、苦しみ、誤ることもあります。 だから人間として生きているのだと思います。 そんな中で生きるヒントや道付けをしてくれ、 あらゆる森羅万象の理解を促す筈の宗教により、 人間同士が争い、戦い、殺戮が繰り返されている この状況を私は何とも悲しく、間違っていると思います。 生物故の競争心は 消えることがないのかもしれません。 しかし、戦争を促すような神は どこにも存在しないし、ありえないと 私は信じています。 PR
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